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2007年9月 8日 (土)

小説「ぐい呑み」 第2章

P1020725jpg_2 男は、作った肴を手早くテーブルに並べ、まずビアグラスを空けた。それから、備前のぐい呑みに冷酒を注いだ。表面が揺れていた。呑むうちに、酔いがしみるように広がっていった。それとともに、心に温めてきた一つの想い、「備前に行きたい」という気持ちがだんだん膨らんでいくことが分かった。その想いは、止めることができないものだった。
 翌朝、男は、小さな旅行カバン一つを持って、新幹線の駅に立っていた。大粒の雨がホームに吹き込んでいた。

Img_6387jpg 新幹線を赤穂線に乗り換え、男は伊部の駅で降りた、すっかり雨は上がっていた。駅を出て、レンガ造りの煙突を左右に見ながら、土塀をめぐらした家並みしばらく歩いていくと、左側に陶芸展の小さな看板が見えた。備前の小品展だ。男は、その門をくぐった。
なかに入ると、意外に広い展示フロアーがあり、奥には庭も見える。庭の明かりを背景に生け花も飾られていた。シルエットで見る花も面白いなと思った。並べられた展示品を見ていくうちに、一つの作品に目がとまった。何の変哲もないように見えるが、なぜか気になる歪みのある備前のぐい呑みだった。「買いたい」という衝動が走った。男は、そのぐい呑みを旅行カバンに入れて、門を出た。その時、ひとりの女とすれちがった。

Img_5602 女は、重い頭を抱えながら。門を入った。「ごめんね、遅くなっちゃって」。昼で受付を交代するはずだった先輩に「言い訳」を言いながら、席に座った。「昨日は呑みすぎたかな」、繰り返す反省は、もうたくさんだった。
お客は少なかった。受付でいつの間にかうとうとしていると、時間になった。作品展を閉めるために、会場を見てまわって、自分の作品が一つ売れていることに、はじめて気がついた。出品することもためらっていたあのぐい呑みだ。「誰が買ったんだろう?」、気になりはじめた。家に帰って、先輩に電話を掛けた。「ああ、あなたが来るちょっと前に、旅行カバンを持った男性が買って行ったよ」という先輩の声とともに、門ですれ違った男の影が浮かんだ。

P1020523 男は門を出ると、しばらくの間、街中をゆっくりと散策して、駅に戻った。再び電車に乗って、小さな駅に降りた。駅前からバスに乗って向かったのは海の町だ。観光案内で見た海の姿が、少年時代にすごした町の海と似ている。一度、行ってみたいと思っていた。それに「牛」と「窓」という不思議な字の組み合わせが、心にひっかかって離れなかった。バスを降りて、男は高台に登っていった。広がった海に、雲を焦がした夕陽がきれいだった。男も夕陽に染まっていた。やがて、高台を下りて、港に向かった男は、一軒の居酒屋を見つけた。暖簾に「伊都島」と書かれてあった。

Img_6199 暖簾をくぐると、中は薄暗く、古い民家を改築したのだろうか、天井には太い梁が見えた。黒い柱も鈍く光っていた。正面のカウンターにつくと、奥からマスターが出てきた。「こちらの方は、初めてで?」と訪ねながらお通しを置いた。男は、ビールとままかりを注文した。ビールを開けて、地酒をたのむと、「今夜のぐい飲みはどれにしますか」とマスターが竹かごを差し出してきた。男は、しばらく眺めて、黒天目の厚手のぐい飲みを選んだ。地酒をたっぷりと注いで、ぐい飲みを口元に持っていったとき、なぜか甘い香りがした。
 その時、男は予定を変えて、少年時代をすごした海の町に足を伸ばしてみようと思った。

Img_5926 翌朝、女は目覚めてからも、しばらく起き上がらなかった。ぐずぐずと朝食を済ませたあと、陶芸展の会場に向かった。「今日は、午前中が当番だわ、いやだなー」と思いながら、自転車を走らせて会場に向かった。それでも、坂道にかかると、風が髪に気持ちよかった。
 会場について掃除しながら、棚を見ると、やはりあのぐい呑みはなかった。「誰も買わないから、自分で使おう」と思っていただけに、急にさみしいように感じた。そして、すれ違った男が妙に気になった。

Img_4429 午後、女はプールへ行った。週一度のアクアビクスの日だ。プールの屋根は開閉式で、その日は、明るい光が水面に反射していた。女は、もっぱら水中ウォーキングを楽しんでいた。隣のコースでは、子供たちが泳いでいる。突然、大きな水しぶきが逆光を受けて飛び散った。飛び込んだ少年の、陽に焼けた肢体が光の中にあった。そこに、子供の頃を過ごした海の町で、よく遊んだ少年の姿が重なった。
 プールサイドでインストラクターが「立ち止まらないでくださーい」と叫んでいた。女は、再び水の中をかき分けるように歩き始めた。なんだか、体が軽くなったように感じた。
                               (第2章 終り)

☆あとがき☆

小説「ぐい呑み」第2章はコメントに寄せてくれたeizan23さんの作品です。 第1章とあわせて、じっくりと味わってください。

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コメント

eizan23さんの隠れた才能にカンパイ~!!
ふ~さんの編集力にもカンパイ~~!!
第3章も期待してます。

投稿: アケミ | 2007年9月 8日 (土) 17時34分

アケミさん、おひさしぶり~いらっしゃーーい!!
そうですよね~  eizan23さん、すごいねー
料理も美味しそうだし・・・いろんな才能隠れてますね~
私は、貼っただけ。

投稿: ふー | 2007年9月 8日 (土) 20時40分

読めば読むほど、恥ずかしい!
今回は、トーンを抑えた写真でまとめていただき、ありがとうございます。隠れた読者(?)がいたのには、驚きです。

投稿: eizan23 | 2007年9月 9日 (日) 08時30分

モノトーンの写真がまたいいです
うーん 小説家eizan兄さん(!) 誕生ですね

投稿: モーリー | 2007年9月 9日 (日) 10時34分

写真をモノトーンにしてみたのは、意外と良かったですね
モーリーさん、小説家eizan兄さん、(^▽^)/

投稿: ふー | 2007年9月 9日 (日) 18時41分

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