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2007年7月15日 (日)

ぐい呑み(短編小説)

 男は、霧雨のなかにたたずむ女を見た。その後姿に、ふと、二十数年前のあの日がよみがえってきた。
 古びた駅舎に続くホーム、じっと見詰め合った瞳を静かに閉じて、女は振り返ることもなく、汽車とともに立ち去っていった。どこまでも続く2本のレールを残して……。
 男は、重い気持ちを引きずりながら、たどりついた家で、鰯の生姜煮を肴に、いつまでもビールを飲み続けていた。

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女は、汽車に乗って座席に腰を下ろし、「ふ~」と深いため息をひとつついた。そして、なにげなく窓の外に流れる景色に目をやった。深い緑の間から、時々、海の青が見える。「もうすぐ、牛窓だわ」、つぶやきの声にも、力がなかった。
そのころ、男は……  

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そのころ、男は2階の書斎の窓から庭を見ていた。煙るような雨の中に、小さな池があり、その周りに飛び石が並んでいる。その石をたどっていくと、庭の奥に紫陽花が咲いていた。そこだけが、なぜか鮮やかに浮き上がっているようだ。その花のなかに、ふと一人の少女の姿が浮かんだ。苗字はもう忘れた。たしか「風子(ふーこ)」といったはずだ。その子のことを考えながら、男は、いつか軽い眠りについていた。
駅に降りた女は、駅前のバスに乗って、港へ向かった。

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バスには、乗客は女一人だった。最後部の右端の席に座った女は、夕闇が迫った田舎町の姿をじっと眺めながら、窓に顔を寄せていた。窓にも女の顔がぼんやりと映っていた。
やがて、終点で降りた女の足は、港のはずれの古い居酒屋に自然に向かっていた。「たしか、以前、来たことがあるわ」、店の暖簾をくぐりながら、女は思った。黒い厚い木のカウンターの前に座わり、ちょっと考えて、地物の刺身を頼んだ。マスターが「今日のぐい飲みはどれにしますか?」と竹かごにぐい飲みをたくさん持って、女の前に来た。

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男は、やがて軽いまどろみから覚めた。窓の外は、すでに夕闇が降りていた。かすかに空腹をおぼえた男は、静かに立ち上がり、階段を下りていった。廊下を右に曲がり台所にたった男は、いつものように酒の肴を手早くつくり始めた。食卓に肴を並べながら、「今夜のぐい飲みはどれにしようか」と考えた。黒い木製の食器棚の奥から、奇妙に歪んだ備前のぐい飲みを一つ取り出した。

Img_4104_1 女は、マスターが差し出した竹かごのなかから、少し考えて黒いぐい飲みをひとつ選んだ。厚手のぐい飲みで、手のひらにしっかり重みを感じるものだった。グルッとまわしてみると、不思議に歪んでいる。黒い光沢に、店の裸電球がぼんやり映っている。なぜか、女は釉薬にあこがれていた。
お通しの切り干し大根をつまみながら、手酌でぐい飲みを空けていった。別れた男のことを考えながら……

**あとがき**

この小説、「ぐい呑み」は このブログにコメントを寄せてくださった eizan23さん作です。コメント小説にしておくのは、もったいないので、ここでまとめて、あらためて 読んでみました・・・・・情緒豊かで なんだか情景がうかんでくるようです。

すべて、私の独断です。書いてくださったeizan23さんに感謝します。

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コメント

ギャハーッ!挿絵(挿写真?)付きの短編になっている。校正、編集、ありがとうございます。

投稿: eizan23 | 2007年7月16日 (月) 06時09分

ねっ!サマになってるね~~~

投稿: ふー | 2007年7月16日 (月) 21時29分

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